思い出

 山中さんが「こんど釣りにいこうぜ」と提案する。皆が賛成する。
 そこで思いだす。秋口が中学生の頃の話だ。
 とある日曜日、秋口の父が唐突に「釣りにいくぞ」と言いだした。それまで父子で釣りへ行ったことなど一度もないにもかかわらず、だ。
 道中で道具や餌を購入しつつ、大阪から福井県の海岸まで車を飛ばした。海岸で竿を振ること丸一日。
 一匹も釣れなかった。
 そりゃそうだろうな、と秋口は思った。
 寄せては返す波、その間をぷかぷかと漂い、間抜けな速度で戻ってくる浮き……そんな光景を、秋口は、いまでもはっきりと覚えている。
 あの日の真意を、こんど父に訊いてみよう。